あの日、保育園から帰ってきた一歳の息子が少しだけ熱っぽいことに気づいたとき、私は単なる「知恵熱」だろうと軽く考えていました。しかし、夜が更けるにつれて体温計の数字はみるみる上がり、ついに四十度という数字を叩き出したとき、私の頭の中は真っ白になりました。これが噂に聞く突発性発疹の始まりだとは、その時の私には知る由もありませんでした。三日間、息子は高熱にうなされ、水分を摂るのさえやっとの状態でした。私は仕事を休み、夜通し息子の脇の下や首元を冷やし続け、数時間おきに体温を測るという孤独な戦いを続けました。小児科へ行っても「喉も綺麗だし、胸の音もいいですね。突発かもしれないから様子を見ましょう」と言われるだけで、劇的に熱を下げる魔法の薬はありませんでした。仕事のメールが溜まっていく焦りと、目の前で苦しむ息子への申し訳なさ、そして「いつになったらこの熱は下がるのか」という終わりの見えない不安で、私の精神はボロボロでした。四日目の朝、ようやく熱が三十七度台まで下がり、ホッとしたのも束の間、息子の背中やお腹にポツポツと赤い発疹が浮かび上がってきました。これこそが突発性発疹の証であり、勝利の印であるはずでしたが、本当の地獄はここから始まったのです。熱が下がって身体が楽になったはずの息子は、なぜかこれまで見たこともないような激しい不機嫌モードに突入しました。お気に入りのオモチャを投げつけ、おっぱいも拒否し、床に突っ伏して一時間以上も泣き叫び続けるのです。私は「熱があった時の方がまだ大人しかった」と泣きそうになりながら、一日中息子を抱っこし続けました。保育園からは「熱が下がれば登園していいですよ」と言われていましたが、この不機嫌な息子を預ける勇気はとてもありませんでした。結局、私はさらに二日間仕事を休み、息子の機嫌がようやく安定し始めた発症六日目に、ようやく保育園へと向かいました。園の玄関で先生に「発疹はまだありますが、熱は下がっています」と伝えると、先生は優しく笑って「お母さん、お疲れ様でした。突発は不機嫌が一番大変ですよね」と労ってくださいました。その一言に、張り詰めていた緊張がふっと解け、私は涙がこぼれそうになりました。今振り返れば、あの不機嫌さは息子がウイルスと戦い、自分の体の変化に戸惑っていた心の悲鳴だったのだと理解できます。保育園に通い始めると、仕事の遅れを取り戻すのに必死な毎日でしたが、あの壮絶な一週間を乗り越えたことで、息子との絆はより深まったような気がします。突発性発疹は、子どもだけでなく親にとっても「忍耐」を学ぶ通過儀礼なのだと、今では確信しています。もし今、お子さんの高熱と不機嫌に翻弄されている親御さんがいたら、伝えたいです。その発疹は終わりが近い合図であり、明日にはきっとまた可愛い笑顔が見られるようになりますから、今はただ、その小さな体を受け止めてあげてください。