私が自分の手の異変に気づいたのは、ある日のカフェでの出来事でした。コーヒーカップを口元に運ぼうとした瞬間、右手の先が微かに、しかし確実に震え、テーブルに数滴こぼしてしまったのです。最初は「少し疲れが溜まっているのだろう」と軽く考えていましたが、数日が経過してもその震えは治まるどころか、次第に仕事の書類にサインをする時や、スマートフォンのキーボードを打つ時にも顕著に現れるようになりました。最も辛かったのは、人前で何かを手渡す時に「手が震えている」と思われるのが恥ずかしく、次第に外出や人との交流を避けるようになってしまったことです。インターネットで「手の震え、何科」と検索すると、真っ先に出てきたのは脳神経内科という言葉でした。私はどこか「精神的なもの」だと思い込んでいたため、脳の専門科を受診することに強い抵抗と恐怖を覚えましたが、このままでは生活が立ち行かなくなると決意し、勇気を出して大きな病院の門を叩きました。病院の待合室では、自分よりも高齢の方々に混じって座っていることに居心地の悪さを感じていましたが、診察室で担当してくれた医師は私の不安を優しく受け止めてくれました。先生は私の両手を前に突き出させたり、指先で自分の鼻の頭を触らせたりといった、一見すると不思議なテストをいくつも行いました。その後、MRIを撮り、血液検査の結果を待つ一週間は、これまでの人生で最も長く、重苦しい時間でした。自分が重大な脳の病気なのではないか、あるいは一生このまま不自由な手と付き合わなければならないのかという考えが頭を離れなかったからです。結果として告げられた診断名は、本態性振戦でした。先生は「これは脳の構造そのものの病気ではなく、指令の回路が少し過敏になっている状態です。薬で十分にコントロールできますよ」と説明してくれました。処方された少量のベータ遮断薬を飲み始めると、数日後にはあんなに自分を苦しめていた指先の震えが、潮が引くように収まっていきました。再び何の躊躇もなくコーヒーを楽しみ、書類に力強くペンを走らせることができるようになった時、私は診察室の椅子で涙がこぼれそうになりました。もしあの時、病院に行くのを躊躇って一人で悩み続けていたら、私は今も暗い部屋で自分の手を隠して過ごしていたに違いありません。手の震えという不調に直面した際、どこの科に行けばよいか迷うのは当然の反応です。しかし、専門の病院で今の自分の状態を正確に知ることは、決して怖いことではなく、未来の自分を救い出すための最も確実な光を見つける作業なのです。今では定期的な通院も自分の身体をメンテナンスする大切な時間となり、私は以前よりもずっと自分の健康と向き合えるようになりました。