咳という症状は、ほとんどの場合、呼吸器系の病気が原因ですが、ごく稀に、心臓や血管といった「循環器」の重大な病気のサインとして、現れることがあります。特に、咳に加えて、「胸の痛み」や「息苦しさ(呼吸困難)」といった症状を伴う場合は、緊急性の高い状態である可能性も考え、迅速な対応が必要です。このような場合に、専門的な診断と治療を行うのが「循環器内科」であり、一刻を争う場合は「救急科(救急外来)」の受診が不可欠となります。まず、考えられるのが「心不全」です。心不全とは、心臓のポンプ機能が低下し、全身に必要な血液を、十分に送り出せなくなった状態です。心臓から血液を送り出す力が弱まると、血液が渋滞(うっ血)を起こし、その影響が肺にまで及ぶと、肺に水が溜まってしまいます(肺水腫)。この、肺に溜まった水が、気道を刺激し、咳や、ピンク色の泡のような痰(泡沫状血痰)を引き起こすのです。心不全の咳は、特に、夜間、横になると悪化するのが特徴で、息苦しさのあまり、座らないと呼吸ができない「起座呼吸」という状態になることもあります。足のむくみや、急激な体重増加を伴うことも、重要なサインです。次に、より緊急性が高いのが、「急性肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)」です。これは、足の静脈にできた血の塊(血栓)が、血流に乗って肺の動脈に詰まってしまう病気で、突然の激しい胸の痛みと、呼吸困難、そして咳(時に血痰)で発症します。失神したり、血圧が急激に低下したりすることもあり、命に関わる、極めて危険な状態です。これらの心臓や血管の病気が疑われる場合、循環器内科では、胸部X線撮影や、心電図、心エコー(心臓超音波)検査、そして血液検査(心不全マーカーであるBNPなど)を行い、診断を確定させます。治療は、利尿薬や、心臓を保護する薬、あるいは血栓を溶かす薬など、専門的な薬物療法が必要となります。咳が、単なる呼吸器症状ではない、何かおかしいと感じたら、これらの危険な病気の可能性も、頭の片隅に置いておくことが大切です。