甲状腺の病気の中で、最も代表的なものが、自己免疫の異常によって引き起こされる「バセドウ病」と「橋本病(慢性甲状腺炎)」です。これらの病気の、長期にわたる治療と管理は、まさに「内分泌内科」の専門家が、その真価を発揮する領域です。「バセドウ病」は、甲状腺を刺激するタイプの自己抗体(TRAb)が、過剰に作られてしまうことで、甲状腺が、常に「ホルモンを出せ」という指令を受け続ける状態です。その結果、甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、全身の代謝が異常に亢進し、動悸、多汗、体重減少、手の震え、眼球突出といった、いわば体が常に全力疾走しているような、激しい症状が現れます。バセドウ病の治療には、主に三つの選択肢があります。第一選択となるのが、甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(メルカゾール、プロパジールなど)を内服する「薬物療法」です。治療は、通常1~2年以上の長期間にわたり、定期的な血液検査で、ホルモン値や副作用をチェックしながら、きめ細かく薬の量を調整していきます。薬物療法で効果が不十分な場合や、副作用で薬が続けられない場合には、放射性ヨウ素を内服し、甲状腺の細胞を破壊してホルモンの産生を減らす「アイソトープ(放射性ヨウ素内用)治療」や、甲状腺そのものを手術で切除する「手術療法」が検討されます。一方、「橋本病」は、甲状腺の組織を破壊するタイプの自己抗体(TPO抗体, Tg抗体)が作られることで、甲状腺に慢性的な炎症が起こり、徐々に甲状腺の機能が低下していく病気です。甲状腺ホルモンが不足すると、無気力、倦怠感、むくみ、寒がり、体重増加といった、体の代謝が低下する症状が現れます。橋本病の治療は、非常にシンプルです。不足している甲状腺ホルモンを、合成された薬(レボチロキシン、商品名:チラーヂンS)として、毎日、経口で補充します。この「甲状腺ホルモン補充療法」は、一度開始すると、生涯にわたって続ける必要がありますが、自分自身の体で産生されるホルモンと同じものであるため、適切な量を服用している限り、副作用の心配はほとんどありません。内分泌内科医は、これらの対照的な病態を正確に診断し、それぞれの患者さんの年齢や、妊娠の希望、ライフスタイルなどを考慮しながら、最適な治療法を選択し、長期的な視点で、その管理を行ってくれます。